スポンサーリンク
意志力に頼るな
私達の多くが、様々な誘惑に負けない為には意志力が必要だと考えている。しかし、実際にはどうだろうか?
意志力については、ロイ・バイマイスターの意志力研究が有名だろう。意志力は消耗するという考えが今まで主流だ。しかし近年の研究から必ずしも意志力は減らないという考え方に変わってきている。
そこで心理学者のピアカルド・ヴァルデソロとディット・デステノが行った研究を見て行く。(1)
参加者を集めて二つの実験をすると告げた。
短い時間で終わる簡単な内容の作業と、45分間も時間を使って行う難しい作業の二つである。
そして、参加者の二人に一人を「決断者」として、自分がやる作業が難しいのか簡単なのかを選ぶ選択権を与えた。
さらに決断者にはコイントスと同じ役割を果たす乱数装置を設置し、参加者に渡す。
赤色が出れば難しい作業、緑色が出れば簡単な作業という風になっている。
通常、公平な手段を取るなら乱数装置を使った方が良いだろう。
しかし、仮に自分が装置を使わずに簡単な作業を選んだとしても、全くバレる心配はないのだ。
そして実験の結果は、参加者の92%が乱数装置を使わずに簡単な作業を選んでいたのだ。
事前に10人以上の参加者に対して正しい行動について質問すると、全会一致で「乱数装置を使わないのは不正直で道徳に反する」と回答している。
だが実際には、自分の望む結果が出るまで乱数装置を押す人や、そもそも乱数装置を使わずにいきなり楽な課題を選ぶ人がかなり居たのだ。
いくつか実験を繰り返しても概ね9割の人が、インチキを行ったことが判明する。(2)
別に恣意的に犯罪者や性格が悪そうな人を選んだのではない。
従来の「意志力の消耗」では、この状況は説明できない。特別な作業を事前に行ってもらったワケではなからだ。
意志力が消耗するはずは無いのにも関わらず、参加者の多くは短期的な利益(楽な作業)を選んでしまった。
これは、単に感情によって誘惑に負けてしまうという考えに相反する。
人は、長期的に見て自分の評判を傷つける恐れがない場合には、即座に短期的な利益を得るように、促されるようになっている。
スポンサーリンク
実行機能の二面性
実行機能とは、自制心や意志力と呼ばれるものを司っている。
普通なら実行機能は使っている内に疲れて上手く機能しなくなるので、これが意志力の消耗に繋がり、ひいては感情に負けて誘惑に従いやすくなるというのが多くの意見だろう。
ところが、大して実行機能がいらない状況でも、自制心が効かなくなり誘惑に負けることがあるのだ。
ヴァルデソロとデステノはもう一度、同じ実験を行ったが、今度は少し内容を変えてあった。
今度は参加者がミラー越しに、別の参加者(サクラ)が乱数装置を使わずにインチキをする瞬間を見せた。
そして「その人物はどれくらい公平に振舞っていましたか?」と尋ねる
すると自分自身がインチキをした時には「許容範囲内だと」回答したにも関わらず、他者がインチキをした時には非道徳だと断じた。
さらに実験を行い、今度は新たに別の要素も加えた。(3)
参加者に実行機能の理性的な判断を鈍らせる目的で、インチキの現場を目撃させる前にコンピューター画面に現れた乱数を記憶させた。
実験中、その乱数を覚えていなければ行けないので、相手のインチキをそれほど見ている暇はない。
結果は「感情が誘惑を誘う」という安易な道を選ばせたというワケではないことが判明した。
参加者は素直な感想、つまり自分が行った行為も相手の行為も不道徳的だと非難したのである。
これは一体どういうことだろうか?
理性を鈍らせて初めて、自分の過ちを認めたというのは、感情が自制心にも働きかけているという考えが出来るだろう。
今まで考えられていた「感情が悪」で「理性が善」とする理論に真っ向から対抗する事態になった。
つまり、実行機能は自制心で感情的な誘惑(ドーナツを食べたい!)を抑えるが、同時に誘惑に負けて良い理由(今日は頑張ったからドーナツを食べも良い)を作り出すのも実行機能なのである。
さらにハーバード大学の心理学者であるジョシュア・グリーンが行った実験は、認知制御(思考や行動)に関連する脳中枢こそが、しばしば不誠実な行動となっている事を示した。(4)
心理学者のソニア・サチデーヴァは、人が最も誠実だと感じている時にこそ、もっとも身勝手な振る舞いを行いやすくなることを明らかにした。(5)
スポンサーリンク
意志力の弊害
心理学者のロイ・バイマイスターや行動経済学のダン・アリエリーなどは、短期的な誘惑に打ち勝つには意志力を使ったり、気分転換(気をそらす)や再評価(それを悪いモノと思い込む)といった認知的戦略を教えてくれる。
現在の自制心とは、何かを禁ずることに基づく考えで、一時的な快楽への欲求を抑制するメカニズムに頼っている。
意志力や実行機能を使って自制心を引っ張り出そうとしているだろう。
しかし残念ながら、スタンフォード大学の心理学者ジェームス・グロスが行った実験では、そもそも実行機能を利用して感情や欲望を抑えると、記憶力が悪くなるという結果を報告した。(6)
また、ノースウェスタン大学のグレゴリー・ミラーは、経済的に恵まれない環境で育った若者に見られる実行機能に基づく高い自制心は、社会的な地位の向上や成果の達成に重要であるとするが、一方で老化が早まり、病気の発症とも関連していると述べた。(7)
だがもし、実行機能を利用せずともすんなりと自制心を働かせることが出来たらどうだろうか?
無駄に肉体や精神にストレスを掛けない方法があるとしたら、素晴らしいことだ。
感謝をする
最近、感謝したのは何時の事だろう。
そして、もし感謝をしたら自制心が自然と鍛えられると言われたら、信じるだろうか?
ディット・デステノとモニカ・バートレットは感謝についてある実験を行った。(8)
参加者を集めて、実験室に同時に二人の人間を入れて、隣り合わせの小さく区切られたスペースに座ってもらう。
二人のうち一人は仕掛け人で、長い上に退屈になるような作業をコンピューター画面で行ってもらった。
作業の終わりに際、得点がコンピューターに表示され、それを記録すると思わせておく。
そして、最終得点を計算する瞬間に予め仕掛けられたプログラムにより、コンピューターが故障してしまい、やり直しのアナウンスが入るが、隣に居た仕掛け人が運良くコンピューターの知識がある事を理由に助け舟を参加者に出す。
問題が無事に解決すると実験が終了し、出口に助けてくれた仕掛け人が待機しており、プロジェクトに使うデータ取集を頼んでくる。
かなりの数の心理テストをこなさなければ行けないが、出来るだけ多く回答してもらえると助かると述べあ
この実験は一見、複雑にみるが参加者が仕掛け人を助ける為に作業をしている時、その努力は誰も見ていない。
後にどのくらい回答したかが明らかになるかも知れないが、参加者を監視したりしている訳ではない。
今までの実験から言えば、大してテストを解かないくても良いと考えられる状況にあった。
しかし、仕掛け人に助けられて感謝の念を抱いた人は、恩人を助ける為に努力し、普通の人より30%もテストに長い時間を費やした。
つまり、感謝の気持ちが深ければ深いほど、お返しの作業に対する熱意や辛抱強さも増すという用量依存的あった。
また、内容に少し変更を加えて最後に出会うのが仕掛け人ではなく、初対面の人間であったとしても援助を与える可能性が高く、援助に注いだ努力の根底にある自制心もまた用量依存的であったことが分かったのである。
カリフォルニア大学バークレー校のジェフェリー・フロウは、ロングアイランドにある大規模な高校で1000人以上の学生に調査を行った。(9)
GPA、感謝の気持ちの度合い、憂鬱、物欲の強さ、生活満足度、集中力などについて「感謝の気持ちが自制心を高めるか?」について調べた。
結果は、人間関係や学習面においても、普段から感謝をしている学生ほうが優れ、学問的な目標を追求する喜びを味わうことが増えていたのである。
目先の誘惑よりも、未来の目標を重視するほど、人は目標に向けて努力をするからである。
コーネル大学の心理学者アイリス・イセンは、キャンディーを貰うなどの小さな親切による感謝によって、患者の問題に対する診断を適当に済ませようとする誘惑に強くなることを明らかにした。(10)
思いやり
感謝の念と同じくらい重要なのが、思いやりである。
思いやりを抱くには瞑想が方法の一つとして挙げられる。
瞑想と聞けば、近年のマインドフルネス瞑想は集中力やシングルタスクという言葉を想像させるが、実は瞑想にはもう一つの側面がある。
ディット・デステノ達は参加者を集めて瞑想に関するある実験を行った。(11)
今まで一度も瞑想を行ったことのない人を集めて、8週間の研究に参加してもらった。
参観者の半分にラマ僧からの瞑想訓練を行い、もう半分には補欠と偽って対照群とする。
そして瞑想を経験した人にある実験を施す。実験室に呼ばれるまで、待合室で待機しようとした参観者の前に三つの椅子がある。
その内、二つは仕掛け人が座っており、必然的に最後の一席に座る羽目になった。ところが暫くして、松葉づえの若い女性(仕掛け人)が現れて廊下を歩くたびに顔をしかめる。
待合室にやって来ると、席が全て一杯になった所を見て落胆したように壁にもたれかかった。
ここで女性に席を譲るという行為、思いやりのある行動と瞑想がどの程度関連しているのかを調べる。
先に、8週間の瞑想しなかった人のパターンから見て行くが、席を譲った人は16%しかいなかった。
これは、席に座っている仕掛け人達が松葉づえの女性を無視して、気づいていない雰囲気をあえて指示して出していたのだが、それによって傍観者効果と呼ばれる現象が発生した。
傍観者効果は、周りに人が居るせいで個人にかかる責任が分散し、「周りの人が特に気にしていないなら、それほど重要なことでもないな」という状態になり、黙って傍観を決め込んでしまうのだ。
特に瞑想をしていないグループではそれが発生したのだ。
ところが、瞑想を経験した人達では50%だった。つまり、3倍以上も他者に自分の席を譲るという決断を下したのである。
さらにカルフォルニア大学バークレー校のジュリアナ・ブレインズとセレナ・チェンは、共通試験の成績に関する研究を実施する為に100人以上の学生を募集して、問題を解かせた。
難しい問題を選んだため、平均正答率は40%で学生の多くは自分の成績に満足していなかった。
そこで希望者は誰でも次のテストで良い点数を取る為に、学習教材を提供すると実験者が話す。
そして勉強を始める時に、学生の三分の一に、「さっき受けたテストは凄く難しいので苦戦して当たり前なので、そこまで自分を責める必要はない」と話す。
別の三分の一には「この大学に入れている時点で優秀なのだから自己嫌悪をすべきでない」と話す。
最後の三分の一には、何も話さなかった。
すると、最初のテストで並以下の成績を、理解と許しを持って受け入れるように指示された最初のグループは、勉強する時間が30%も長かった。
実際、成績も良くなったのだ。
思いやりは先延ばしに対しても効果を表し、200人以上の学生を対象にした研究では、思いやりが低い学生は物事を先延ばしにすることが多く、成績も振るわなかった。(12)
誇り
誇りは、一歩間違えは傲慢とも見られかねない感情になる。
しかし、方法を間違えなければ自制心を育む重要な要素となり得る。
ニューサウスウェールズ大学のリサ・ウェリアムズは、およその人が知らない視覚空間能力の研究という口実で実験を行った。
参加者の殆どが視覚空間能力を知らず、それほど自尊心も高まらなかった。
まず、コンピューターを使った作業を通じて視覚空間能力を検査し、次の能力の向上具合を測定しながらスキルを磨くことの出来る、二つ目の課題に移った。
最初の作業は比較的簡単だったが、二つ目の課題は頭に思い描いたイメージを回転させる作業をやらされが、この課題は自分の好きな時間だけやれば良かったのである。
そして二つの作業の合間に、一部の参加者は研究者と話すため別室に移動したが、そこで一般時よりも優れた視覚空間能力だと笑顔で褒める。
ここで、褒められた事で強い誇りを持った参加者と、いつも通りの参加者を作り出し二つ目の難しい課題をやらせた。
三分の一の参観者には「誇りを持たせ」、別の三分の一には「何もしない」、最後の三分の一には「情報を教えたが褒めたりはしない」人達に分けた。
すると、自分の能力に誇りを感じている人ほど、難しい心的回転の作業に40%も多く労力を費やした。
しかし、良い成績を知らされたが特に称賛されなかった人は、何のフィードバックも与えられていない人と大差が無く、忍耐力の問題ではなく自己肯定感(有能である)という感覚が必要だった。
だが、問題が1つある。
それは誇りは一歩間違うと傲慢になりかねないから。
マイアミ大学のチャールズ・カーバーのチームが、1000人を対象にした研究では真の誇りを抱いてい人は、自制心が、忍耐、目標達成能力に優れ、衝動的で金銭などの外的動機にしか意欲を起こさない傲慢とは大きく違った。(13)
さらに真の誇りを持つには謙虚も持たなければ行けない。
どんなに優れた力があったとしても、常に周囲の人からの援助に頼っているという感覚を持たなければいかないのだ。
自分の知識が称賛されるのは、他人と共有するからであって、知識をひけらからすではない。その事を理解していないと、傲慢の影が背後に忍び始めるだろう。
終わりに
近年、「意志力の消耗」は錯覚だったじゃねぇの?という研究が多数出ており、その中にはあの「成長マインドセット」で有名なキャロル・ドゥエックの研究も含まれているという事実があります。
今回のような研究は、自制心に新たな側面を見せてくれると思えますね。
この記事を読んでいる人は、こんな記事も読んでいます!
参考文献
・(1)David DeSteno and Piercarlo Valdesolo, "The Duality of Virtue: Decon- structing the Moral Hypocrite," Journal of Experimental Social Psychology 44 (2008): 1334-38, doi:10.1016/ j.jesp.2008.03.010.
・(2)David DeSteno and Piercarlo Valdesolo, "Moral Hypocrisy: Social Groups and the Flexibility of Virtue," Psychological Science 18 (2007): 689-90, doi: 10.1111/j.1467-9280.2007.01961.X.
・(3)David DeSteno and Piercarlo Valdesolo, "The Duality of Virtue: Decon- structing the Moral Hypocrite," Journal of Experimental Social Psychology 44 (2008): 1334-38, doi:10.1016/j.jesp.2008.03.010.
・(4)Joshua Greene and Joseph Paxton, "Patterns of Neural Activity Associatef 66 with Honest and Dishonest Moral Decisions," Proceedings of the Natioua Academy of Sciences of the United States 106 (2009): 12506–511, doi:Den 1073/ pnas.0900152106.
・(5)Sonya Sachdeva, Rumen Iliev, and Douglas Medin, “Sinning Saints and Saintly Sinners: The Paradox of Moral Self-Regulation," Psychological Sci- 64 ence 20 (2009): 523-28, doi:10.1111 /j.1467-9280.2009.02326.x.
・(6)Jane Richards and James Gross, "Emotion Regulation and Memory: The Cognitive Costs of Keeping One's Cool," Journal of Personality and Social Psychology 79 (2000): 410–24, doi:10.1037/0022-3514.79.3.410.
・(7)Gregory Miller et al., "Self-Control Forecasts Better Psychosocial Out- comes but Faster Epigenetic Aging in Low-SES Youth," Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States 112 (2015): 10325–30, doi:10.1073/pnas.1505063112.
・(8)Monica Bartlett and David DeSteno, "Gratitude and Prosocial Behavior: Helping When It Costs You," Psychological Science 17 (2006): 319–25, doi: 66 10.1111/j.1467-9280.2006.01705.x.
・(9)Jeffrey Froh et al., "Gratitude and the Reduced Costs of Materialism in Adolescents," Journal of Happiness Studies 12 (2011): 289-302, doi:10.1007/ s10902-010-9195-9.
・(10)Carlos Estrada, Alice Isen, and Mark Young, “Positive Affect Facilitates Integration of Information and Decreases Anchoring in Reasoning Among Physicians," Organizational Behavior and Human Decision Processes 72 (1997): 117-35, doi:10.1006/obhd.1997.2734.
・(11)Daniel Lim, Paul Condon, and David DeSteno, “Mindfulness and Compas- sion: An Examination of Mechanism and Scalability," PLOS ONE 10 (2015), doi:10.1371/journal .pone.0118221, and Helen Weng et al., "Compassion Training Alters Altruism and Neural Responses to Suffering," Psychological Science 24 (2013): 1171-80, doi:10.1177/0956797612469537.
・Anna Dreber et al., "Winners Don't Punish." Nature 452 (2008): 348–51, 66 doi:10.1038/nature06723.
・(12)Alison Flett, Mohsen Haghbin, and Timothy Pychyl, "Procrastination and Depression from a Cognitive Perspective: An Exploration of the Associa- tions Among Procrastinatory Automatic Thoughts, Rumination, and Mind- fulness," Journal of Rational-Emotive and Cognitive-Behavior Therapy 34 (2016): 169-86, doi:10.1007/s10942 -016-0235-1.
・(13)Charles Carver, Sungchoon Sinclair, and Sheri Johnson, “Authentic and Hubristic Pride: Differential Relations to Aspects of Goal Regulation. Affect, and Self-Control," Journal of Research in Personality 44 (2010): 698–703, doi:10.1016 /j.jrp.2010.09.004.
・https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/1745691616652873
・https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20565167/
・http://local.psy.miami.edu/ehblab/PubBiasSelfControlEgo.pdf